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2010年9月29日水曜日

中国について思う 吉備真備は偉かった

中国とういう国には困ったもので、そんな中国の恫喝におびえて、みすみす船長を超法規的に釈放した、管政権の弱腰に、国民は怒っている。
世界の論調を見ると、今回の事件を通して、中国への警戒心が世界に広まったことと、日本の右傾化をあげている。
日本人の堪忍袋の緒が切れると怖いが、軍備増強してでも、中国の不法に対抗すべきとの世論が広がっている。
かって日本は多くの文化を中国から学んできたが、日本人は中国人以上に、その内容を吸収し、その内容以上のものを作ってきた。今は逆に、中国が日本を模倣している時代である。日本製品の違法コピーがいかに多いことか。
かって吉備真備は中国に遣唐使として赴き、その優秀さは中国人たちを驚かした。
弘法大師空海も、そして、吉備の国が誇る栄西師も、極めて優秀だった。
今中国共産党政権は、日本をいじめることを通して、自らの人気を得ようと躍起だが、それは彼らの政権が極めてぜい弱になってきているからに他ならないであろう。

今は経済成長に浮かれている中国だが、このまま行けば清朝の末期のような様相を呈していく。
何よりも道徳心が失われている。それは国民を指導するべき政権自体が、非道徳的な行為をほしいままにしているからである。
日本は弱腰と言われて、本当に悔しいが、人格で勝負すべきだ。今後アジアと世界、太平洋国家群の中で、本当に頼りになる、よくよく世界の面倒をみる、良き国を目指すべきであろう。
日本人は優秀な技術と技能を持ち、人格的にも信頼され、そして確固たる信念を持って、堂々と進む国際国家に生まれ変わるべきだろう。
毅然とした態度を取れる強さも必要である。それでこそ世界から信頼される。

2010年9月25日土曜日

中国船船長の釈放 釈然としない政府の対応

今、大部分の日本国民はとても不快な気分にさせられている。
拘留されていた中国船の、船長 不起訴で釈放。
何だったんだというのが国民大半の感想であろう。
おまけに、中国当局は、尖閣諸島が自国の領土で、日本の行為が不当だと。
何かそれをそのまま無理やり認めさせられたような、実に不快な気分である。
そんなことで、今後の日中間が、うまくいくはずもない。
今回の件で、日本1.2億の国民は、中国の態度と、それに対する日本政府の体たらくはあるが、やりきれない思いが続く。
帰りたいものは、帰してやったらいいが、あくまで不法行為であることを認めさせなければ、禍根が残る。極めてまずい、対応である。
まあ、中国共産党政権も、末期の症状が出ているとも見るが、細心の注意を払っての日本の対応、期待していたのだが。

2010年9月23日木曜日

あきれ果てること 世相を見て 尖閣諸島船長拿捕への中国の対応

尖閣列島で、海上保安上の艦艇に衝突、船長が逮捕拘留されたことへの中国の対応
実にがっかりする。毒入りギョーザ事件の時もそうだったが、今回はますますがっかりする。
中国共産党首脳部、少しは人格的な政治が出来るようになったかと、期待していたのに本当にがっかりである。
明確な自国領という資料も証拠もない尖閣諸島を一方的に自国領と強弁し、自国民に吹聴し、反日運動を盛り上げる。[何の益があるのか]と言いたい。
少しばかり経済力を持って、国力が付いて来たからと言って、全く大国らしからぬ偏狭な態度に、呆れてものが言えない。
まあ、日本は外交部下手ではあるけれども、ここはしっかり筋を通し、世界が「日本は立派だ」と言われるような対応を取るべきであろう。これからの時代[国家の信用]というのはますます大事になる。
そんなことから考えれば、今回みたいなヒステリックとも言える中国政府の大人げない対応は、中国という国に対する信用を失墜させる、将来的に中国自身が決定的なダメージを受けることをどうもわかっていないようである。
最近少し経済力も付いてきて、上海万博など、中国への好感が徐々に拡大して来ていたのに、勿体ことである。
それとも今の指導部、そんなことは結局どうでもよくて、今だけの国民人気を気にしているだけなら、それはそれだけの話である。
まあ、日本はこの機会に真の外交上手になり、国際社会での信頼と信用をますます高めるような対応を、国をあげてしていくべきであろう。
明治の時代には清を見くびって、日清戦争を起こし、戦争には勝ったものの、その後の日本は半島と大陸に踏み込みすぎで、多大な犠牲を出し、国の信用を失って敗戦という結果をもたらした。
今こそ世界が流石というような、国にしていかねば。

あきれ果てること 世相を見て 大阪地検特捜部主任検事逮捕

あきれ果てること
まず、大阪検察特捜部のデータ改ざん事件、あきれ果てる。[こうやって冤罪は作られるのか]と、実際にベスト電器に便宜をはかった村木局長の元部下が言っていたそうだが、検察のありもしない犯罪を犯罪として作り上げる、自白を作り上げるやり方。そしてデータまで改ざんして策を弄すなど。今回犯罪性が明らかになり、元主任検事が逮捕されてあからさまになったが、一歩間違えば、村木局長とんでもない冤罪で、無実の罪で収監されなければならなかったと思うと、ほんとうに唖然とする。
自らの実績にしか目がいかない、検察本来の使命は何なのかをまったく忘れた、恐ろしい根性である。
思えば過去の歴史にもどれほど同様のことがあって、無実の罪に問われた人々があったかと思うと、今の時代、そんなことが繰り返されていたことに、恐ろしさを感じる。
法律も、それによって取り締まる、警察や検察も、その本来の目的が、皆が幸せに暮らせる世の中にするためにあるという目的をまったく見失っている。取り締まりの実績を上げることに汲々として、それが、人々を苦しめることになって、それが何になる。
かって熊沢蕃山先生は、「役人政治は世の中を暗くする」といって、役人政治に反対したが、まさにその杞憂するそのままの実態である。
「すべてのことは人々の幸せのため」そのことの原則を、公職にあるものすべてに叩き込まなければならないであろう。

2010年9月18日土曜日

菅内閣 岡山出身の片山善博氏が総務相に

民主党代表選挙が終わり新しい菅内閣が発足した。目玉とも言える、総務相に岡山出身の片山善博氏が就任した。片山氏は鳥取県知事時代、情報公開を進めるなど、画期的な県政を施行して、全国から注目を集めた。地方重視の政治姿勢を取る民主党政権の、今回期待の人物である。各地方からも期待の声が大きい。
大安寺高校出身の59歳、大安寺高校が中高一貫校になり無くなるという話には残念がっておられたが、当ブログの筆者の娘も大安寺高校を出ているので、有能な先輩が出ていることには誇りを感じている。
石原都知事は[面白い人、鳥取県での経験が生かせるかはこれから・・」と語ったそうだが、そのこれからに期待したいと思う。
それにしても、郷土出身者、あるいはゆかりのある人々が、中央政界でも活躍の場が多い。有能な人材を育ててきた、郷土の誇りでもあろう。その真価を発揮してくれるよう期待したい。

河本立軒と江戸期の町人文化

昨日は県立図書館で、「岡山人物銘々伝を語る会」の例会で、岡山県立記録資料館の副館長定兼学しによる、江戸時代、備前岡山の豪商であり、歴代の蔵書家で有名な「河本立軒」と、彼をめぐる町人文化についての話であった。
河本家は船着町で「灰屋」という肥料商を営んでいたが、立軒家督相続のころには、藩に献米や献金を多くし、30人扶持、惣年寄格、屋号書き下しなどの権利を与えられ、博多や函館にも支店を持ち、豪商としてならしていた。
浦上玉堂、斉藤一興、木村蒹葭堂、中山竹山などとの交遊が深く、浦上玉堂からは「玉堂琴」を送られている。
経誼堂書院という図書館を作り、集めた蔵書が文化8年の段階で4573部31672冊と言う、膨大な書物を集めていた。書物のほかにも多数の文物を収集していて、京で遊興の折、瀕して、岡山から船一艘、財物を積み込んで売ったが、土佐の山内家が買い取った。その中には殿様も驚くような宝があったとういう。河本家のこの数多くの財物は、大半が大戦末期の岡山空襲で焼失し、また、山内家が買い取った財物も失われてしまっていて、とても残念だと、定兼氏は語っていた。

岡山はきわめて多くの文化人を輩出しているが、岡山城下の町人文化の隆盛が大きく寄与していることを見ることができる。
江戸期は学問と言えば「朱子学」であったが、河本立軒は陽明学を立ったとも講師の話で、当時は徳川幕府に習い岡山藩でも異学禁止令が出されていた時代でもあり、その当たり興味深く聞かせていただいた。
いずれにせよ、岡山の膨大な文化的資料は、岡山空襲でその大半が焼失し、資料集めもきわめて困難であると聞く。そのような中でも岡山記録資料館では、歴史を解明する資料の収集と整理を行っているとのことで、そのような資料に基づきながら話して下さった話には興味が尽きない、時間であった。
岡山藩の歴代藩主も文化人が多かったが、郷土文化の興隆、歴史を通してどう生かすのか?全国、世界に発信する文化を創造していく岡山にしたい。それが結論のようでした。

2010年9月17日金曜日

日本と朝鮮はなぜ一つの国にならなかったのか

[日本と朝鮮はなぜ一つの国にならなかったのか」武光 誠(明治大学教授) 著 新人物文庫 を読んでみた。
紀元前10世紀~5世紀のころ、半島南部と日本列島は共通の文化を保有し、人や物の交流も自由に行われていた。ところが、新羅が半島を統一するようになると。半島と日本列島は完全に断絶、人や物の交流も少なくなり、それぞれ独自の文化と歴史を歩むようになる。そしてその後は、秀吉の朝鮮出兵や、明治の日韓併合のような不幸な歴史ばかりが目につくようになって今日まで来た。
半島南部特に伽耶諸国は、とりわけ日本列島との関係が深く、弥生時代の竪穴住居や、その後の製鉄技術など、伽耶の持った文化が日本列島の文化を作ったと言っても良い時代が続いた。
しかし、百済と新羅が強大化し、新羅が半島統一をするころになると、日本では聖徳太子が摂政となる時代であるが、日本は半島との関係よりも中国を重視するようになり、また半島では新羅が唐と組んで高句麗、百済を滅ぼして統一するようになり、中国を挟んで、半島(新羅)と日本列島(日本)は、一時は同盟や友好の関係もあるが、お互い微妙な対立と、牽制と、敵対の歴史を作ってきた。

元は、同族、同根とも言える両民族、両国家が手を組めば中国にも対し、世界にも対する力を持っていたし、文化の発展も見ることが出来た。しかし、そのことが十分出来ないままに今日まで歴史がたどってきてしまった。
こと日本に限ってみれば、武光教授の書を読んでみると、「聖徳太子」の野望があったという。
和を持って貴しとなす。と、17条憲法を定め、遣隋使を送った聖徳太子だが、半島との関係において、注意深く同盟をむすぶ関係を作っていたならば、両国にとって多大な利益がもたらされてただろうというのが、読後の感想である。
韓日両国が、同根、同祖の、同族国家として、共通の理想をもって、共生する関係を作れれば、今日、日本も韓国も抱える諸問題を解決する道がひらかれるであろう。ともに栄え、発展する道を実現できる。そのことを実感させる内容を読み取った。

2010年9月11日土曜日

日韓トンネル 東アジアの今後

旧知の知人が日韓トンネル、日本と韓国を結ぶトンネルのプロジェクトに携わっているということで、その話を聞きに行ってきた。
いま日本では、あまり話題になっていないが、韓国では、李明博大統領も積極発言をして、もうすでに、そのコースの一部になる、釜山から巨勢島という島までトンネルが掘られているらしい。最近では韓国の世論調査でも56%の人が日韓トンネル(韓国から言うと韓日トンネル)に賛成らしい。以前では考えられなかったことである。日本でも、九州福岡辺りでは地元のニュースにも取り上げられるようになって結構話題になっているようだが、ほかの地域ではまだまだである。
さて、日韓トンネル、すでに相当の調査が進んでいて、試算では10兆円、10年ほどの工期で完成できる。すでに技術的な問題も97%は解決済みで、出来あがったときの経済メリットを考えると、今が着工の好機と言うべきだそうだ。
わが岡山県は、夢が夢でなくなった[瀬戸大橋]を持つ。今や四国は陸続き、高い料金で、その経済効果も控えめだが、四国4県にとっては極めて大きな恩恵があったと思う。特に岡山と香川の人的交流は格段に進んだ。
かって半島と日本は、不幸な歴史もあったが、おおむね良好な関係を持ってきたと思う。もともと兄弟国家である。同族だから、仲良く協同一致すればお互いに発展する。同族であるが故の醜い争いや葛藤もあったが、その不幸の歴史を教訓として、今は一致すべきである。
吉備の国は古代から半島との密接な関係を持って来た地である。吉備の国の歴史と文化は、半島か来た、渡来人によって形成されてきた。今、この「吉備楽土」や、姉妹ページの「吉備の児島」にも書いてきているが、吉備津宮の神官を務めた賀陽一族や、戦国の梟雄と言われた宇喜多一族や、その名や出自に半島との関係を知ることが出来る。
アジアは今後一つの共同体を形成して行くようになるであろう。その中核は、島嶼国家である日本と半島国家である韓国(朝鮮)であろう。
今後の、日本、そして吉備の未来も、日韓トンネルのような広大なプロジェクトと関連して、考えていくべきだろうし、そのような歴史的背景をわが郷土[吉備]は持っていると感じる。
今日は、未来に希望を見させてもらった思いがする。

2010年9月10日金曜日

岡山人物銘々伝を語る会 9月は[河本立軒と岡山城下町の文化]

 岡山人物銘々伝を語る会9月例会案内です
どなたも参加できます。

日時:平成22917()※ 午後6~8時  (※通例は第3金曜日です)
  場所:岡山県立図書館の2階
  取り上げるテーマ:「河本立軒と岡山城下町の文化」
岡山城下町の豪商は、城下町経済だけではなく、文化活動でも大きな役割を果たしていました。今回は、経誼堂書院という図書館兼学問道場を設けて活動していた河本立軒を中心に岡山城下町文化について話したいと存じます。
  講師:岡山県立記録資料館 定兼学氏   
1957年勝央町生まれ 広島大学文学部卒 文学博士 岡山県立高校教諭、岡山県史編纂室、県総合文化センター資料室、県立記録資料館の開館準備を経て、2009年より同副館長
参加費:500

参加希望の方は吉備楽土まで

2010年9月7日火曜日

カンブリア宮殿に両備の小嶋社長が [津田永忠]に学ぶと

昨晩、テレビ東京系列「テレビ瀬戸内]に、両備グループの小嶋光信社長が登場、今は郷土の誇るべき経営者の一人として、全国にその名が知られるようになった、両備グループと小嶋社長の考え方や、やり方が紹介されていた。
今や、不採算でつぶれかけた公共交通を引き受けて、再建し地域からも従業員たちからも感謝される社長の経営方針の原点が、郷土が誇る偉人の一人である、[津田永忠]にあることが紹介されていた。
岡山藩主の池田光政公が、家臣たちに、逼迫して財政も、農民も困窮している藩を、誰か救済する知恵はないかと言われたときに、「民に希望を与えなければならない」と、自ら大坂の商人に掛け合い、資金を調達して干拓事業を始めた。また庶民の学校としての閑谷学校を建設した経緯が紹介されていた。津田永忠が、民を愛する心で行った、その精神をもって経営者も事業していかなければならないと・・
そして、「信託経営」、社員を信頼して経営のすべてを任せる。「信じる」事の大切さを。
[カンブリア宮殿]は、全国の経営者や、志ある人たちが多く見ていると思うが、登場する経営者の理念や、信念には学ぶことが多い。
今回、津田永忠に学んだ、小嶋社長の番組も、全国に感銘を与えたに違いない。
司会を務める村上龍の、感想も面白い。「小嶋さんは生真面目な人かと思ったら、とてもユーモアに富んだ人だった。」心の広さ、豊かさ、暖かさに、心打たれるものがある。

改めて、わが郷土の精神性の高さに、心躍った。

2010年9月2日木曜日

国を愛する人間をどう育成するのか

最近の内外の情勢、多くの抱える問題を考えるときに、
結局のところは、どう、人材を育成するかと言う、根本問題に帰らざるを得ない。

わが郷土、吉備の国が有能な人材を多く輩出したのも、そのような人材を輩出する風土があったからに他ならない。
たとえば「法然上人」、浄土宗の開祖として、日本仏教に多大な影響を及ぼした。
その法然上人の出家の動機は、その父親の、高邁な精神から来ている。打ってきた敵に仕返しをするよりは、赦す道、信仰の道を選ぶようその子に諭したのである。そこから偉大な宗教家「法然」がうまれた。
普通の親なら、その子に、憎き敵を打ち取ってほしいと教えるところを、そうは教えなかった。
そのようなことが出来る、風土が、漆間氏の祖の家系にはあったということであろう。

かって、和気清麻呂公も、弓削道鏡に貶められそうになた時に、その信を曲げなかった。自らの、生や存在よりも「天」の前に正しきかどうかを問うた。このような清明な心を一朝一夕に持つことが出来るもんではない。深い精神的、宗教的天性と伝統があった。

人を育てるのは、もちろん学校があり、塾があり、施設も必要だが、何より、深い精神的、宗教性であったり、精神風土の歴史が必要である。

世が困難に直面した時に、その問題を超克できるのは、高度の人格性を持った人がそこにあるかということである。自らを顧みることなく、自らの命も利益もかなぐり捨ててでも、人や国を愛する「心」を持った人間がそこにいるかが問題である。
いまも国や社会を預かるべき人々が、かってなことを言っている。
困難に直面した時代に、自分の利益や、名誉や、ましてや個人の怨念を基準に行動するものは必要ない。
真に「愛する心」を持った人間が必要である。
そんな人間が多く輩出されれば、未来に希望がある。
そんな人間を多く輩出できる、地域が、家庭が出来ることを願う

そうして「楽土」を実現する。
先人の生き様にもっと多くを学んでいこう。