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2010年8月30日月曜日

NHKFM 斎藤由貴が 渡辺はま子と加賀尾秀忍師のことを モンテンルパの・・

昨日、昼ころ、NHKFMをつけて走っていたら、斎藤由貴が登場
「モンテンルパの夜は更けて」の話をしていました。
今度舞台でやるそうで、[モンテンルパの夜は更けて]の歌が戦犯として収容されていた人々の解放につながったこと、そしてそれにまつわる渡辺はま子と加賀尾秀忍師の逸話を話していました。
渡辺はま子が、収容所に慰問に行って収容所の人々と一緒に歌っている[モンテンルパの夜は更けて]のライブの貴重な音や、渡辺はま子の、本当に感情のこもったレコードの歌も聴けて、[ああ、この歌が多くの日本人を動かし、また当時のフィリピン大統領、キリノ大統領の心を動かして、囚人の解放、釈放につながったのかと思うと、感慨深く聞かせてもらいました。
斎藤由貴のお母さんが、作曲をされた方の従姉妹だったという不思議なエピソードもあって、先日加賀尾秀忍師の話を「銘々伝の会」出来いた直後でしたので、さらに感慨深く聞かせてもらいました。

この物語(実話)を舞台でやることになったそうで、多くの人々に、この美談を聞いて、知ってもらえるいい機会だと、うれしく思いました。

歌の力
渡辺はま子と加賀尾師の出会いによって、[モンテンルパの夜は更けて]の歌が出来、その歌が日本で流行することで、日本国民の間にフィリピンの戦犯解放の世論が高まったが、一方、初めて渡辺はま子がモンテンルパを訪問の時に、「モンテンルパの夜は更けて」のオルゴールを持参したそうである。
加賀尾師はこのオルゴールを自分のものとせず、キリノ大統領訪問の時、お土産として、このオルゴールを持参、大統領に「これはモンテンルパの囚人が作った曲です」と紹介した。
大統領は、加賀尾師が来ることに「戦犯の解放を嘆願に来るのだろう」と思っていいたが、ただ懇願するのでなく、音楽を通して、その心を伝えられたこといいたく感動!キリノ大統領自身、その家族を日本兵に殺されていたにもかかわらず、戦犯の恩赦を実行したという。
キリノ大統領はその後、モンテンルパの戦犯を釈放、死刑囚については巣鴨に収監したが、その囚人たちも、大統領が次の選挙で敗北(日本兵を減刑したことを批判されてのことという)、大統領室を去る最後の仕事として、巣鴨に収監されていた死刑囚にも恩赦を決定して行ったという。
歌の力が、フィリピン大統領をそこまで動かしたという美談である。

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