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2009年3月6日金曜日

秦氏

吉備の国、特に宗教の歴史を見ると秦氏との関連を多く発見する。
浄土宗開祖の法然上人のお母さんが秦氏の君の言われているが、最近西大寺の観音院の展示会がデジタルミュージアムであるからと行ってみて、少々驚いたのが、西大寺の観音院を起こした最初の人物が、今は山口県の玖珂郡の、寺の縁起では「藤原皆足媛(ふじわらのみなたるひめ)」となっているが、展示物を見ると「秦皆足媛(はたのみなたるひめ)」となっていた。この姫が千手観音を金岡(今の西大寺観音院の地)に庵を組んで奉ったのが始めとされている。
飛鳥時代の廃寺の跡が備前、備中にあるが、備中の秦原の廃寺は有名である。備前は秦多にもある。
和気清麻呂が秦氏と組んで平安京を造ったことは有名。
日本の古代史において、秦氏が果たした役割は極めて大きなものがある。吉備の国にもその足跡が多く残っている。それが現代にどのようにつながっているのか?そのあたりのことを知りたいものである。

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