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2014年1月29日水曜日

熊沢蕃山~2月岡山人物銘々伝を語る会テーマ

2月の岡山人物銘々伝を語る会は「熊沢蕃山」をテーマに山田が話します。
日本陽明学のそと言われる中江藤樹、その弟子が熊沢蕃山

内村鑑三の「代表的日本人」に中江藤樹に弟子入りした熊沢蕃山の逸話が載っています。
近江の小川村という一農村の先生だった中江藤樹、その下にあるきっかけで弟子入りをするべく訪ねた熊沢蕃山、この出会いがなければ中江藤樹が陽明学の祖として世に知られることもなく、陽明学が日本の開明思想として、幕末から明治にかけての開明思想の隆盛もなく、日本の近代化も無かったかも知れない。

そして備前岡山藩主池田光政との出会い。中江藤樹のもとで8ヶ月という短い期間であったが、その訓戒を受けた熊沢を藩主光政がその資質を汲んで登用することが無かったら、これまた陽明学の日本における展開も無かったであろう。

残念ながら、藩主池田光政と熊沢蕃山はある時を境に意見の不一致に及び、蕃山の蕃山村への蟄居、その後池田藩から離れるに及び最後古河で蕃山は最期を迎える。

儒教的秩序を藩政に取り入れようとしさらに津田永忠らを登用して新田開発などの施策を行おうとする藩主光政に蕃山は痛烈に批判を浴びせている。蕃山は新田開発や津田永忠の登用に強く反対しているが、それはなぜなのか?
津田永忠による新田開発や多くの施策はこれまで高く評価されてきているようだが、果たしてどうだったのか?熊沢番山の主張は間違っていたのか?

あの当時池田光政公が熊沢蕃山の意見を受け入れて、彼の主張通りに藩政を行っていたらどうなていただろうか?
様々可能性を考える。

皆様の見解や意見もぜひ伺いたいと思います。

岡山人物銘々伝を語る会は毎月第3金曜日の午後6時から8時まで、通常は岡山県立図書館で開催しています。(図書館休館日はゆうあいセンターにて)
どなたでも参加できますのでぜひおいでください。資料の準備の関係上できれば事前にお申し込みください。(090-1033-3327 山田 メールはこちら)

なお、会代表代行の久井勲さんがこのたび和気町長選挙に立候補することになりました。
選挙が終わるまでは毎月楽しみにしていた毎回の例会のまとめもお休みです。残念ですが「論語と清麻呂の町づくりを目指す久井さん応援して行きたいと思っています。



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