中国とういう国には困ったもので、そんな中国の恫喝におびえて、みすみす船長を超法規的に釈放した、管政権の弱腰に、国民は怒っている。
世界の論調を見ると、今回の事件を通して、中国への警戒心が世界に広まったことと、日本の右傾化をあげている。
日本人の堪忍袋の緒が切れると怖いが、軍備増強してでも、中国の不法に対抗すべきとの世論が広がっている。
かって日本は多くの文化を中国から学んできたが、日本人は中国人以上に、その内容を吸収し、その内容以上のものを作ってきた。今は逆に、中国が日本を模倣している時代である。日本製品の違法コピーがいかに多いことか。
かって吉備真備は中国に遣唐使として赴き、その優秀さは中国人たちを驚かした。
弘法大師空海も、そして、吉備の国が誇る栄西師も、極めて優秀だった。
今中国共産党政権は、日本をいじめることを通して、自らの人気を得ようと躍起だが、それは彼らの政権が極めてぜい弱になってきているからに他ならないであろう。
今は経済成長に浮かれている中国だが、このまま行けば清朝の末期のような様相を呈していく。
何よりも道徳心が失われている。それは国民を指導するべき政権自体が、非道徳的な行為をほしいままにしているからである。
日本は弱腰と言われて、本当に悔しいが、人格で勝負すべきだ。今後アジアと世界、太平洋国家群の中で、本当に頼りになる、よくよく世界の面倒をみる、良き国を目指すべきであろう。
日本人は優秀な技術と技能を持ち、人格的にも信頼され、そして確固たる信念を持って、堂々と進む国際国家に生まれ変わるべきだろう。
毅然とした態度を取れる強さも必要である。それでこそ世界から信頼される。
2010年9月29日水曜日
2010年9月25日土曜日
中国船船長の釈放 釈然としない政府の対応
今、大部分の日本国民はとても不快な気分にさせられている。
拘留されていた中国船の、船長 不起訴で釈放。
何だったんだというのが国民大半の感想であろう。
おまけに、中国当局は、尖閣諸島が自国の領土で、日本の行為が不当だと。
何かそれをそのまま無理やり認めさせられたような、実に不快な気分である。
そんなことで、今後の日中間が、うまくいくはずもない。
今回の件で、日本1.2億の国民は、中国の態度と、それに対する日本政府の体たらくはあるが、やりきれない思いが続く。
帰りたいものは、帰してやったらいいが、あくまで不法行為であることを認めさせなければ、禍根が残る。極めてまずい、対応である。
まあ、中国共産党政権も、末期の症状が出ているとも見るが、細心の注意を払っての日本の対応、期待していたのだが。
拘留されていた中国船の、船長 不起訴で釈放。
何だったんだというのが国民大半の感想であろう。
おまけに、中国当局は、尖閣諸島が自国の領土で、日本の行為が不当だと。
何かそれをそのまま無理やり認めさせられたような、実に不快な気分である。
そんなことで、今後の日中間が、うまくいくはずもない。
今回の件で、日本1.2億の国民は、中国の態度と、それに対する日本政府の体たらくはあるが、やりきれない思いが続く。
帰りたいものは、帰してやったらいいが、あくまで不法行為であることを認めさせなければ、禍根が残る。極めてまずい、対応である。
まあ、中国共産党政権も、末期の症状が出ているとも見るが、細心の注意を払っての日本の対応、期待していたのだが。
2010年9月23日木曜日
あきれ果てること 世相を見て 尖閣諸島船長拿捕への中国の対応
尖閣列島で、海上保安上の艦艇に衝突、船長が逮捕拘留されたことへの中国の対応
実にがっかりする。毒入りギョーザ事件の時もそうだったが、今回はますますがっかりする。
中国共産党首脳部、少しは人格的な政治が出来るようになったかと、期待していたのに本当にがっかりである。
明確な自国領という資料も証拠もない尖閣諸島を一方的に自国領と強弁し、自国民に吹聴し、反日運動を盛り上げる。[何の益があるのか]と言いたい。
少しばかり経済力を持って、国力が付いて来たからと言って、全く大国らしからぬ偏狭な態度に、呆れてものが言えない。
まあ、日本は外交部下手ではあるけれども、ここはしっかり筋を通し、世界が「日本は立派だ」と言われるような対応を取るべきであろう。これからの時代[国家の信用]というのはますます大事になる。
そんなことから考えれば、今回みたいなヒステリックとも言える中国政府の大人げない対応は、中国という国に対する信用を失墜させる、将来的に中国自身が決定的なダメージを受けることをどうもわかっていないようである。
最近少し経済力も付いてきて、上海万博など、中国への好感が徐々に拡大して来ていたのに、勿体ことである。
それとも今の指導部、そんなことは結局どうでもよくて、今だけの国民人気を気にしているだけなら、それはそれだけの話である。
まあ、日本はこの機会に真の外交上手になり、国際社会での信頼と信用をますます高めるような対応を、国をあげてしていくべきであろう。
明治の時代には清を見くびって、日清戦争を起こし、戦争には勝ったものの、その後の日本は半島と大陸に踏み込みすぎで、多大な犠牲を出し、国の信用を失って敗戦という結果をもたらした。
今こそ世界が流石というような、国にしていかねば。
実にがっかりする。毒入りギョーザ事件の時もそうだったが、今回はますますがっかりする。
中国共産党首脳部、少しは人格的な政治が出来るようになったかと、期待していたのに本当にがっかりである。
明確な自国領という資料も証拠もない尖閣諸島を一方的に自国領と強弁し、自国民に吹聴し、反日運動を盛り上げる。[何の益があるのか]と言いたい。
少しばかり経済力を持って、国力が付いて来たからと言って、全く大国らしからぬ偏狭な態度に、呆れてものが言えない。
まあ、日本は外交部下手ではあるけれども、ここはしっかり筋を通し、世界が「日本は立派だ」と言われるような対応を取るべきであろう。これからの時代[国家の信用]というのはますます大事になる。
そんなことから考えれば、今回みたいなヒステリックとも言える中国政府の大人げない対応は、中国という国に対する信用を失墜させる、将来的に中国自身が決定的なダメージを受けることをどうもわかっていないようである。
最近少し経済力も付いてきて、上海万博など、中国への好感が徐々に拡大して来ていたのに、勿体ことである。
それとも今の指導部、そんなことは結局どうでもよくて、今だけの国民人気を気にしているだけなら、それはそれだけの話である。
まあ、日本はこの機会に真の外交上手になり、国際社会での信頼と信用をますます高めるような対応を、国をあげてしていくべきであろう。
明治の時代には清を見くびって、日清戦争を起こし、戦争には勝ったものの、その後の日本は半島と大陸に踏み込みすぎで、多大な犠牲を出し、国の信用を失って敗戦という結果をもたらした。
今こそ世界が流石というような、国にしていかねば。
あきれ果てること 世相を見て 大阪地検特捜部主任検事逮捕
あきれ果てること
まず、大阪検察特捜部のデータ改ざん事件、あきれ果てる。[こうやって冤罪は作られるのか]と、実際にベスト電器に便宜をはかった村木局長の元部下が言っていたそうだが、検察のありもしない犯罪を犯罪として作り上げる、自白を作り上げるやり方。そしてデータまで改ざんして策を弄すなど。今回犯罪性が明らかになり、元主任検事が逮捕されてあからさまになったが、一歩間違えば、村木局長とんでもない冤罪で、無実の罪で収監されなければならなかったと思うと、ほんとうに唖然とする。
自らの実績にしか目がいかない、検察本来の使命は何なのかをまったく忘れた、恐ろしい根性である。
思えば過去の歴史にもどれほど同様のことがあって、無実の罪に問われた人々があったかと思うと、今の時代、そんなことが繰り返されていたことに、恐ろしさを感じる。
法律も、それによって取り締まる、警察や検察も、その本来の目的が、皆が幸せに暮らせる世の中にするためにあるという目的をまったく見失っている。取り締まりの実績を上げることに汲々として、それが、人々を苦しめることになって、それが何になる。
かって熊沢蕃山先生は、「役人政治は世の中を暗くする」といって、役人政治に反対したが、まさにその杞憂するそのままの実態である。
「すべてのことは人々の幸せのため」そのことの原則を、公職にあるものすべてに叩き込まなければならないであろう。
まず、大阪検察特捜部のデータ改ざん事件、あきれ果てる。[こうやって冤罪は作られるのか]と、実際にベスト電器に便宜をはかった村木局長の元部下が言っていたそうだが、検察のありもしない犯罪を犯罪として作り上げる、自白を作り上げるやり方。そしてデータまで改ざんして策を弄すなど。今回犯罪性が明らかになり、元主任検事が逮捕されてあからさまになったが、一歩間違えば、村木局長とんでもない冤罪で、無実の罪で収監されなければならなかったと思うと、ほんとうに唖然とする。
自らの実績にしか目がいかない、検察本来の使命は何なのかをまったく忘れた、恐ろしい根性である。
思えば過去の歴史にもどれほど同様のことがあって、無実の罪に問われた人々があったかと思うと、今の時代、そんなことが繰り返されていたことに、恐ろしさを感じる。
法律も、それによって取り締まる、警察や検察も、その本来の目的が、皆が幸せに暮らせる世の中にするためにあるという目的をまったく見失っている。取り締まりの実績を上げることに汲々として、それが、人々を苦しめることになって、それが何になる。
かって熊沢蕃山先生は、「役人政治は世の中を暗くする」といって、役人政治に反対したが、まさにその杞憂するそのままの実態である。
「すべてのことは人々の幸せのため」そのことの原則を、公職にあるものすべてに叩き込まなければならないであろう。
2010年9月18日土曜日
菅内閣 岡山出身の片山善博氏が総務相に
民主党代表選挙が終わり新しい菅内閣が発足した。目玉とも言える、総務相に岡山出身の片山善博氏が就任した。片山氏は鳥取県知事時代、情報公開を進めるなど、画期的な県政を施行して、全国から注目を集めた。地方重視の政治姿勢を取る民主党政権の、今回期待の人物である。各地方からも期待の声が大きい。
大安寺高校出身の59歳、大安寺高校が中高一貫校になり無くなるという話には残念がっておられたが、当ブログの筆者の娘も大安寺高校を出ているので、有能な先輩が出ていることには誇りを感じている。
石原都知事は[面白い人、鳥取県での経験が生かせるかはこれから・・」と語ったそうだが、そのこれからに期待したいと思う。
それにしても、郷土出身者、あるいはゆかりのある人々が、中央政界でも活躍の場が多い。有能な人材を育ててきた、郷土の誇りでもあろう。その真価を発揮してくれるよう期待したい。
大安寺高校出身の59歳、大安寺高校が中高一貫校になり無くなるという話には残念がっておられたが、当ブログの筆者の娘も大安寺高校を出ているので、有能な先輩が出ていることには誇りを感じている。
石原都知事は[面白い人、鳥取県での経験が生かせるかはこれから・・」と語ったそうだが、そのこれからに期待したいと思う。
それにしても、郷土出身者、あるいはゆかりのある人々が、中央政界でも活躍の場が多い。有能な人材を育ててきた、郷土の誇りでもあろう。その真価を発揮してくれるよう期待したい。
河本立軒と江戸期の町人文化
昨日は県立図書館で、「岡山人物銘々伝を語る会」の例会で、岡山県立記録資料館の副館長定兼学しによる、江戸時代、備前岡山の豪商であり、歴代の蔵書家で有名な「河本立軒」と、彼をめぐる町人文化についての話であった。
河本家は船着町で「灰屋」という肥料商を営んでいたが、立軒家督相続のころには、藩に献米や献金を多くし、30人扶持、惣年寄格、屋号書き下しなどの権利を与えられ、博多や函館にも支店を持ち、豪商としてならしていた。
浦上玉堂、斉藤一興、木村蒹葭堂、中山竹山などとの交遊が深く、浦上玉堂からは「玉堂琴」を送られている。
経誼堂書院という図書館を作り、集めた蔵書が文化8年の段階で4573部31672冊と言う、膨大な書物を集めていた。書物のほかにも多数の文物を収集していて、京で遊興の折、瀕して、岡山から船一艘、財物を積み込んで売ったが、土佐の山内家が買い取った。その中には殿様も驚くような宝があったとういう。河本家のこの数多くの財物は、大半が大戦末期の岡山空襲で焼失し、また、山内家が買い取った財物も失われてしまっていて、とても残念だと、定兼氏は語っていた。
岡山はきわめて多くの文化人を輩出しているが、岡山城下の町人文化の隆盛が大きく寄与していることを見ることができる。
江戸期は学問と言えば「朱子学」であったが、河本立軒は陽明学を立ったとも講師の話で、当時は徳川幕府に習い岡山藩でも異学禁止令が出されていた時代でもあり、その当たり興味深く聞かせていただいた。
いずれにせよ、岡山の膨大な文化的資料は、岡山空襲でその大半が焼失し、資料集めもきわめて困難であると聞く。そのような中でも岡山記録資料館では、歴史を解明する資料の収集と整理を行っているとのことで、そのような資料に基づきながら話して下さった話には興味が尽きない、時間であった。
岡山藩の歴代藩主も文化人が多かったが、郷土文化の興隆、歴史を通してどう生かすのか?全国、世界に発信する文化を創造していく岡山にしたい。それが結論のようでした。
河本家は船着町で「灰屋」という肥料商を営んでいたが、立軒家督相続のころには、藩に献米や献金を多くし、30人扶持、惣年寄格、屋号書き下しなどの権利を与えられ、博多や函館にも支店を持ち、豪商としてならしていた。
浦上玉堂、斉藤一興、木村蒹葭堂、中山竹山などとの交遊が深く、浦上玉堂からは「玉堂琴」を送られている。
経誼堂書院という図書館を作り、集めた蔵書が文化8年の段階で4573部31672冊と言う、膨大な書物を集めていた。書物のほかにも多数の文物を収集していて、京で遊興の折、瀕して、岡山から船一艘、財物を積み込んで売ったが、土佐の山内家が買い取った。その中には殿様も驚くような宝があったとういう。河本家のこの数多くの財物は、大半が大戦末期の岡山空襲で焼失し、また、山内家が買い取った財物も失われてしまっていて、とても残念だと、定兼氏は語っていた。
岡山はきわめて多くの文化人を輩出しているが、岡山城下の町人文化の隆盛が大きく寄与していることを見ることができる。
江戸期は学問と言えば「朱子学」であったが、河本立軒は陽明学を立ったとも講師の話で、当時は徳川幕府に習い岡山藩でも異学禁止令が出されていた時代でもあり、その当たり興味深く聞かせていただいた。
いずれにせよ、岡山の膨大な文化的資料は、岡山空襲でその大半が焼失し、資料集めもきわめて困難であると聞く。そのような中でも岡山記録資料館では、歴史を解明する資料の収集と整理を行っているとのことで、そのような資料に基づきながら話して下さった話には興味が尽きない、時間であった。
岡山藩の歴代藩主も文化人が多かったが、郷土文化の興隆、歴史を通してどう生かすのか?全国、世界に発信する文化を創造していく岡山にしたい。それが結論のようでした。
2010年9月17日金曜日
日本と朝鮮はなぜ一つの国にならなかったのか
[日本と朝鮮はなぜ一つの国にならなかったのか」武光 誠(明治大学教授) 著 新人物文庫 を読んでみた。
紀元前10世紀~5世紀のころ、半島南部と日本列島は共通の文化を保有し、人や物の交流も自由に行われていた。ところが、新羅が半島を統一するようになると。半島と日本列島は完全に断絶、人や物の交流も少なくなり、それぞれ独自の文化と歴史を歩むようになる。そしてその後は、秀吉の朝鮮出兵や、明治の日韓併合のような不幸な歴史ばかりが目につくようになって今日まで来た。
半島南部特に伽耶諸国は、とりわけ日本列島との関係が深く、弥生時代の竪穴住居や、その後の製鉄技術など、伽耶の持った文化が日本列島の文化を作ったと言っても良い時代が続いた。
しかし、百済と新羅が強大化し、新羅が半島統一をするころになると、日本では聖徳太子が摂政となる時代であるが、日本は半島との関係よりも中国を重視するようになり、また半島では新羅が唐と組んで高句麗、百済を滅ぼして統一するようになり、中国を挟んで、半島(新羅)と日本列島(日本)は、一時は同盟や友好の関係もあるが、お互い微妙な対立と、牽制と、敵対の歴史を作ってきた。
元は、同族、同根とも言える両民族、両国家が手を組めば中国にも対し、世界にも対する力を持っていたし、文化の発展も見ることが出来た。しかし、そのことが十分出来ないままに今日まで歴史がたどってきてしまった。
こと日本に限ってみれば、武光教授の書を読んでみると、「聖徳太子」の野望があったという。
和を持って貴しとなす。と、17条憲法を定め、遣隋使を送った聖徳太子だが、半島との関係において、注意深く同盟をむすぶ関係を作っていたならば、両国にとって多大な利益がもたらされてただろうというのが、読後の感想である。
韓日両国が、同根、同祖の、同族国家として、共通の理想をもって、共生する関係を作れれば、今日、日本も韓国も抱える諸問題を解決する道がひらかれるであろう。ともに栄え、発展する道を実現できる。そのことを実感させる内容を読み取った。
紀元前10世紀~5世紀のころ、半島南部と日本列島は共通の文化を保有し、人や物の交流も自由に行われていた。ところが、新羅が半島を統一するようになると。半島と日本列島は完全に断絶、人や物の交流も少なくなり、それぞれ独自の文化と歴史を歩むようになる。そしてその後は、秀吉の朝鮮出兵や、明治の日韓併合のような不幸な歴史ばかりが目につくようになって今日まで来た。
半島南部特に伽耶諸国は、とりわけ日本列島との関係が深く、弥生時代の竪穴住居や、その後の製鉄技術など、伽耶の持った文化が日本列島の文化を作ったと言っても良い時代が続いた。
しかし、百済と新羅が強大化し、新羅が半島統一をするころになると、日本では聖徳太子が摂政となる時代であるが、日本は半島との関係よりも中国を重視するようになり、また半島では新羅が唐と組んで高句麗、百済を滅ぼして統一するようになり、中国を挟んで、半島(新羅)と日本列島(日本)は、一時は同盟や友好の関係もあるが、お互い微妙な対立と、牽制と、敵対の歴史を作ってきた。
元は、同族、同根とも言える両民族、両国家が手を組めば中国にも対し、世界にも対する力を持っていたし、文化の発展も見ることが出来た。しかし、そのことが十分出来ないままに今日まで歴史がたどってきてしまった。
こと日本に限ってみれば、武光教授の書を読んでみると、「聖徳太子」の野望があったという。
和を持って貴しとなす。と、17条憲法を定め、遣隋使を送った聖徳太子だが、半島との関係において、注意深く同盟をむすぶ関係を作っていたならば、両国にとって多大な利益がもたらされてただろうというのが、読後の感想である。
韓日両国が、同根、同祖の、同族国家として、共通の理想をもって、共生する関係を作れれば、今日、日本も韓国も抱える諸問題を解決する道がひらかれるであろう。ともに栄え、発展する道を実現できる。そのことを実感させる内容を読み取った。
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