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2009年5月17日日曜日

文化都市

岡山市が政令指定都市と出発した。
今秋には市長選挙も行われるとのことで、今後の岡山市のビジョンが問われている。
「文化都市」を目指してほしい。
昨日、ある集まりで、夏目漱石が岡山に来ていたとの話を聞いた。
夏目漱石は明治文学の代表的人物。
今でもファンが多い。
歴史的記念の遺跡でもあれば、町おこしになる。
今後の行政は、市民生活の向上の観点に、文化性を良く取り入れてほしい。
教育県、岡山の名前も最近廃れてしまっている。
件の夏目漱石だが、閑谷学校へ行きたかったようだ。が、実現できなかったようで・・
当時友人だった、正岡子規への手紙でも、閑谷学校へ行きたいと書いていたが、岡山の親戚に逗留中、大洪水が起こって、行くどころではなくなったようだ。

幸い、岡山には偉人が多い。偉人を顕彰したり、それらの史跡をめぐる、ガイドをもっと統一的に出来ないものか?

芸術、文化の町づくりが、長い歴史を刻む町を作っていく。
青少年の育成と、青少年の育成の母体となる、家庭を大切にする町づくりはどうか?

既に県内でもそのような町づくりに取り組むところがあると聞く。
経済的豊かさだけを求める、金だけがかかる、町づくりはそろそろ卒業の時では。
豊かな心、豊かな文化の町づくりこそ、岡山の目指す町づくりではないおだろうか。
郷土岡山、吉備の国にはその材料が揃いすぎるくらい、揃っている。

2009年4月15日水曜日

情操教育の大切さ

最近、凶悪事件や、いじめ、青少年の淪落の実態を見るにつけ、情操教育の大切さを痛切に実感する。
古来日本人の伝統的生活は、豊かな自然の中で豊かな情操を育んできた。
自然の恵みに感謝し、人知を超えて働く、大きな存在に畏敬の念を以て生活してきた。
年の初めには神社仏閣に詣で、式の折々、生活の折々には神に感謝し、先祖に感謝する生活を伝統としてきた。また、家族を大切にし、地域の友や、親戚の人々との思いやりのある生活を営んできた。
まさに「故郷」にうたわれる世界。
いまその「こころ」が失われてしまっている。思いやりの心を育てる、環境も教育もなくなってしまっている。
情操教育の根本は、神に感謝の心を捧げる素朴な信仰心ではないかと思う。
特定の宗派などない、自然のままに神に感謝の心を捧げる、それが情操を育てる第1歩ではないかと思う。
皆さんどう思われますか?

2009年4月14日火曜日

黒田家と福岡


「福岡」というと、九州福岡県、福岡市を思い出すが、福岡の地名の由来が、今は岡山県の瀬戸内市にある福岡という地にあることは今ではあまり知られていない。岡山県人でも知らない人が多い。
関ヶ原の戦いで東軍方に付いた黒田官兵衛はその戦功により筑前の国を与えられるが、その城を作るにあたり、父祖の地である、備前「福岡」の名前を付けた。
備前福岡は「福岡一文字」という名刀の産地であり、中世以降は中国随一の商都として栄えた。
黒田家はそもそも佐々木の一族で、近江の黒田邑に住んでいたが、故あって、黒田の地を出で、行くあてのないところを福岡の地にとどまり、かの地の商人の庇護を受けた。黒田官兵衛から見れば祖父母、曾祖父母の代の時代である、その後黒田長政は姫路城主となり、そのころ秀吉と出会い、黒田は豊臣家の軍師となっていくのである。
やはり、黒田家には志があり、有能な一族だったのであろう。福岡の地にも黒田家はよき事績が残っている。よほど黒田家にとって福岡の地は忘れうことのできない、今あるのは、福岡の商人たちの故であると、その思いが、筑前の新城の名前を「福岡城」とした所以であろう。
福岡に行くと、戦国の時代、備前の覇者となった宇喜多の一族も、不遇の時代を福岡の商人に、助けられた。
その後、備前を統一した宇喜多直家は現在の岡山の地に城を築いたが、城下町を整備するにあたって、この福岡の商人たちと、門前町であった、西大寺の商人たちを招いて、城下の街を作っていった。
それが今の、岡山の表八ヵ町である。上ノ町~下之町・栄町が福岡町と言われ、西大寺からの商人が作った西大寺町と繁栄を競った。
それにしても、福岡の商人の精神は、すごいし、今に生きているように思う。
志ある者には支援を惜しまないのが、備前、備中の商工人たちか・・・
商工人に根差す、敬天愛人の精神が、吉備の国おこし、吉備楽土の実現と、世界平和実現の道ではなかろうかと思う。

2009年3月22日日曜日

藤公園の藤




和気清麻呂の故郷、和気町の和気神社のたもとには藤公園があって毎年美しい藤の花を見ることができる。
全国各地から集めた藤の木を植えていて、さまざまな藤の花を見ることができる。
毎年、4月~5月の連休中が「藤まつり」期間で、各地から富士の見物客が集まる。
もともとこのあたりは「藤野」と言われていた土地で、藤が群生していいたらしい。
藤を見物したら、神社を訪れ、京都の街を作った人物「和気清麻呂」とそのお姉さん「和気広虫」をしのんでみたらどうでしょうか。

伽耶神話

伽耶の国の神話をみると、これが実に日本の神話に似ている。
伽耶国の始祖は「金首露王」といわれるが、
今、韓国の港町釜山、国際空港のある金海市にある、亀峯(クシフル)山に天から卵が下ってきて
誕生したのが金首露王
天孫降臨神話なのである。
韓国では「金」姓の人が多いが、その中でも一番主流なのが「金海金氏」の一族、
一説によると、この一族が日本に渡って来て、日本の王朝をうちたてたともいわれる。
古代神話の符合性を考えると、何かのつながりがあると考えるほうが妥当性があるだろう。
日本が韓半島を植民地支配していた時代には、そのようなことは論議さえご法度だったが、今はいろんな資料や、証拠が出てきている。
歴史考察の一説として、検討に値する、説ではないか。

2009年3月21日土曜日

伽耶は日本のルーツ

澤田洋太郎氏の「伽耶は日本のルーツ」
興味深い論説である。
日韓の古代史の秘密をかなり解き明かしているように思う。
わが郷土「吉備」も半島との密接な関係の歴史がうかがわれる。
栄西禅師の出身氏族「賀陽氏」も、伽耶の出自とうかがわれる。
辛川、辛香などの地名にもそれがうかがわれる
そのほか、吉備の国の歴史には半島との密接な関係をうかがわせる地名や歴史的資料が残っている。
このあたりの史実を日韓共同で明らかにしてくれないものか。
偏狭な民族主義の色眼鏡を外して、歴史の真実を見てみたいものである。

2009年3月20日金曜日

明日はお彼岸

明日は春分の日
お彼岸の中日である。
墓参に行く予定
お彼岸に墓参するようになったのはいつごろからのことなのだろう?
以前聞いた話では、
お寺の坊さんたちが、布教目的で
彼岸の功徳を説いて回ったとか
仏教の布教の目的で始まったようである。
元来日本人は、先祖祭祀を行ってきた。
先祖供養が好きな民族であるともいわれる。好きというか、大切に思うというか・・・
最近墓参にもいかない家庭が増えているとか・・・
田舎にいると、荒れ廃れた墓をよく見る。
そんなのを見ると、どうも運勢を感じない。
先に写真を張り付けた「黒田家の墓」などは、多くの人が参拝しているようだが・・・
敬神嵩祖が、民族の伝統。
これ忘れるようになったら終わりだね。