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2009年3月14日土曜日

モンゴリアンの思想「敬天愛人」

『モンゴリアン文化には敬天愛人と家族共同体を重視する思想がある。聖徳太子の「和」の精神はまさにその典型である。』
このような内容の評論に最近、出会った。
モンゴリアンとは、蒙古班をもった民族で、一説によると世界人口の70%はモンゴリアンとも言われている。このモンゴリアンの体型的特徴は赤ちゃんの時できる青い斑点だが、黒人や白人の一部にもみられるらしい。これらはモンゴリアン民族の血が混じった民族らしい。
さて、「敬天愛人」という言葉を時々目にするが、上野の西郷さん(西郷隆盛)の銅像の前に「敬天愛人」という言葉があったのを見ると、西郷さんの座右の銘のようなものが「敬天愛人」であったようである。
韓国の建国精神にも「敬天愛人」とあるし、この思想はアジア的な広がりが確かにあるようである。
わが郷土の偉人の代表である「和気清麻呂」の真筆に「我独慙天地」というのがある。「われひとりてんちにはづ」と読むように思うが、彼の生涯を見ても「敬天愛人」の思想のようである。
今年のNHKの大河ドラマ「天地人」に登場する、上杉謙信や直江兼続などの精神もどうやら「敬天愛人」のようである。
家族的紐帯を大切にするのは「家和万事成」(いえわしてばんじなる)という言葉に見ることができる。
確かに東洋の伝統は家庭重視の考え方であり、国や企業の文化も、家族的である。
それらが失われてきているのが、最近の世相のように思われる。西洋化した生活文化の中で東洋的良き生活の文化が失われているのが実情である。
経済危機や、世界的騒乱を解決できる糸口がこのモンゴリアンの精神にあるのではないか?

先ほどの「和気清麻呂」を筆頭に、
吉備の国の生んだ偉人達、その精神にも「敬天愛人」と家族的紐帯の意識が根差しているように思う。

吉備の国の人物は基本的に「平和思想」「慈愛の心」の持ち主たちである。自らの利益や欲望のために生きたという人を見たことが無い。
古代から今に至るまで、常に善良な政治家、思想家、宗教家、芸術家、技術者、経営者、スポーツ家、医師などを生んできた。

このような風土と人物が、これからの日本、世界に必要なのでは!
「楽土」の見本が吉備の国から始まるのでは・・・



2009年3月10日火曜日

楽しみ

人生の楽しみとは何か?
歌ったり踊ったり、あるいは旅行をしたり・・
ただ…たった一人でいても楽しくはない。
一緒にいてくれる人がいることが幸せ。
一緒に喜びを分かち合う人があることが幸せ
その大切さを忘れていることが案外多いのかも・・
それでむなしさを・・
裏切りがなければ・・・・
きっと真実を・・

2009年3月6日金曜日

秦氏

吉備の国、特に宗教の歴史を見ると秦氏との関連を多く発見する。
浄土宗開祖の法然上人のお母さんが秦氏の君の言われているが、最近西大寺の観音院の展示会がデジタルミュージアムであるからと行ってみて、少々驚いたのが、西大寺の観音院を起こした最初の人物が、今は山口県の玖珂郡の、寺の縁起では「藤原皆足媛(ふじわらのみなたるひめ)」となっているが、展示物を見ると「秦皆足媛(はたのみなたるひめ)」となっていた。この姫が千手観音を金岡(今の西大寺観音院の地)に庵を組んで奉ったのが始めとされている。
飛鳥時代の廃寺の跡が備前、備中にあるが、備中の秦原の廃寺は有名である。備前は秦多にもある。
和気清麻呂が秦氏と組んで平安京を造ったことは有名。
日本の古代史において、秦氏が果たした役割は極めて大きなものがある。吉備の国にもその足跡が多く残っている。それが現代にどのようにつながっているのか?そのあたりのことを知りたいものである。

2009年3月2日月曜日

吉備の人々

思えば吉備の国は偉い人がたくさん出ている、
どうも、皆が皆とってもいいほど、平和愛好者のようである。
元来戦争があまり好きではないようだ。
郷土出身の宗教家が多いが、そのひとり、法然上人は、その父親が、自らを死に至らしめた的に復讐することより、菩提をとむらってほしいという父親の遺言ゆえに出家し、戦乱続く世において、殺傷に苦しむ武士たちにも、ただただ、「南無阿弥陀仏」を教えた・・・これは本当に平和思想だと思う。
明治以来、日本の首相を務めた、県出身者、犬養毅、宇垣一成、平沼騏一郎、美奈平和主義者だたと思う。銃口を向ける敵にも「話せばわかる」と諭した犬養毅、軍縮を主張して陸軍から疎まれた宇垣一成、国賊のレッテルを張られながらも毅然として信義と、戦争反対を貫いた平沼騏一郎、本当に偉いと思う。
いま日本に、世界に必要なのは、本当の平和精神を持った、吉備の国の人間の活躍ではないのか。

2009年2月27日金曜日

観音院と皆足媛

会陽で有名な西大寺観音院の縁起
玖珂(今の山口県)の藤原の皆足媛が金岡の地に草庵を作って千手観音を奉ったのが始まりといわれる。
秦の皆足とも言われる。
秦氏と言えば仏教信仰の篤かった渡来系の氏族といわれる。吉備の国には秦氏によるとみられる古寺の跡も数多く残っている。
庶民の素朴な信仰が歴史と文化を形作ってきたことを思うと、何か不思議な歴史的先祖の因縁を感じざるを得ない。
皆足媛の物語
http://www1.ocn.ne.jp/~senorya/minataru/minataru1/minataru.htm

歴史を訪ねて

歴史を訪ねて吉備路をさまよう
営々と歴史と文化を築いてきた我々の先祖の歩みを訪ねてみる。
吉備の国には、高い理想を求めて生きてきた人々の息遣いが感じられる。
豊かな風土の中で我々の先祖は何を求め生きて来たのだろうか?

吉備楽土

古代吉備王国
平和をもとめし人々の訪ね来た地
幾多の年月を経、数多くの偉人を生み出し文化をはぐくんできたこの地
この地に真の理想郷を実現しよう!